2010.02.26 Friday 23:39
映画[ かいじゅうたちのいるところ ]小さい王様の自分探し
映画[ かいじゅうたちのいるところ ]を吉祥寺バウスシアターで鑑賞。
お母ちゃんとけんかして、家を飛び出した幼きこどもは、船にのってとある島に漂着する。―――そこはかいじゅうの島だった。(原作と異なり)この映画は、ざくっと言えばかいじゅうと子供の交流を描いた物語で、予告もその楽しき交流のさまが映し出されており・・・観る人も間違いなく、それを期待するだろう。しかし、監督はあの荒唐無稽なお話[ マルコビィッチの穴 ]を作ったスパイク・ジョーンズである。奇想天外なストーリーを描かせたら右にでるものはいない監督によるかいじゅうワールドは、きっとあなたの期待を裏切ってくれるはず。面白いかどうかは――、それは観てからのお楽しみ。
お母ちゃんとけんかして、家を飛び出した幼きこどもは、船にのってとある島に漂着する。―――そこはかいじゅうの島だった。(原作と異なり)この映画は、ざくっと言えばかいじゅうと子供の交流を描いた物語で、予告もその楽しき交流のさまが映し出されており・・・観る人も間違いなく、それを期待するだろう。しかし、監督はあの荒唐無稽なお話[ マルコビィッチの穴 ]を作ったスパイク・ジョーンズである。奇想天外なストーリーを描かせたら右にでるものはいない監督によるかいじゅうワールドは、きっとあなたの期待を裏切ってくれるはず。面白いかどうかは――、それは観てからのお楽しみ。
(あらすじ)空想が大好きな8歳の少年マックス(は、母と姉との3人暮らし。しかし、近頃母も姉も自分をあまり構ってくれず、それに怒ったマックスは母とケンカし家出。浜辺にあった船に乗って海に出てしまった。そうしてたどり着いたのは、見たこともないかいじゅうたちが棲む島。マックスはかいじゅうたちの中へと入っていくが、彼らはマックスを食べようとする。そこでマックスは「僕は王様だ!」と空想の物語を語りはじめ…。(gooより)
先日、中野にある「蜜カフェ」という可愛いカフェでこの映画の原作であるモーリス・センダックの「WHERE THE WILD THINGS ARE(かいじゅうたちのいるところ)」を見つけ、読んでみた。びっくりするぐらい簡潔で、物語の中心であるはずのかいじゅうの細かいキャラクター設定すら描かれていない。(子どもを対象した絵本という構成から考えれば、当然なのでしょう。)だからこの映画は原案こそあるが、製作者であるスパイク・ジョーンズらが一から作り上げたといっても過言ではない。
ストーリーやテーマも、原作と映画とでは少々異なる。絵本では、かいじゅうのすんでいる島にいついたマックスは、暴れん坊気質が幸いして、かいじゅうたちを従え王様になる。しばらくすると、いいにおいがしてきて、おなかすいたなと思ったら、すがりつくかいじゅうたちをほったらかしにして、ヨットに乗って、部屋に帰り着く。家にはお母ちゃんが作ったスープが置いてある。・・・というひじょうに短絡的ストーリー。まさにお子ちゃまキング、マックスの都合のいいように展開していくプロットなのです。細かい説明がないので推測ではあるが、マックスの(かいじゅうの島への)旅は、彼の脳内ワールド。かいじゅうというのもWILD THINGSという言葉で表現されているように、マックスの内にある荒々しさを表現しているなのだろう。一般的には、否定的に言われる荒々しさを、肯定的に表現されている。
映画でのマックスはどちらかというと社会性を伴った成長が描いており、マックスがかいじゅうの島で出会うリーダーのキャロルらとの交流を通じて、他者との向き合い方を学んでいく。キャロルの猛々しさと繊細さを併せ持った性格は、カタチこそ異なるが実のところはマックスのキャラと瓜二つ。そんなキャロルの相反する性格をマックスは自身と重ね合わせ、いつしか相手を思いやるまでに。二人が離れ離れになるころには、キャロルもまた、同じ境地にいたっている。
この映画を通じて、あらためて感じたスパイク・ジョーンズ監督の画(映像)の圧倒的パワーと独特の世界観という類まれなる才能。その中でも、かいじゅうの造形、絵本のシズル感たっぷりのパペットとCGの融合は見事というほかない。あの毛の質感やキモ可愛い表情、ジャンプしたり、走ったりの動きも、コミカルで面白い。また時々挿入される子供(マックス)の視線――手持ちカメラによるアングルが、空想のかいじゅうワールドに不思議なリアル感をうみだしている。
この映画は、やんちゃな王様“マックス”の思いに共感できれば価値あり、観たかいありだと思う。
先日、中野にある「蜜カフェ」という可愛いカフェでこの映画の原作であるモーリス・センダックの「WHERE THE WILD THINGS ARE(かいじゅうたちのいるところ)」を見つけ、読んでみた。びっくりするぐらい簡潔で、物語の中心であるはずのかいじゅうの細かいキャラクター設定すら描かれていない。(子どもを対象した絵本という構成から考えれば、当然なのでしょう。)だからこの映画は原案こそあるが、製作者であるスパイク・ジョーンズらが一から作り上げたといっても過言ではない。
ストーリーやテーマも、原作と映画とでは少々異なる。絵本では、かいじゅうのすんでいる島にいついたマックスは、暴れん坊気質が幸いして、かいじゅうたちを従え王様になる。しばらくすると、いいにおいがしてきて、おなかすいたなと思ったら、すがりつくかいじゅうたちをほったらかしにして、ヨットに乗って、部屋に帰り着く。家にはお母ちゃんが作ったスープが置いてある。・・・というひじょうに短絡的ストーリー。まさにお子ちゃまキング、マックスの都合のいいように展開していくプロットなのです。細かい説明がないので推測ではあるが、マックスの(かいじゅうの島への)旅は、彼の脳内ワールド。かいじゅうというのもWILD THINGSという言葉で表現されているように、マックスの内にある荒々しさを表現しているなのだろう。一般的には、否定的に言われる荒々しさを、肯定的に表現されている。
映画でのマックスはどちらかというと社会性を伴った成長が描いており、マックスがかいじゅうの島で出会うリーダーのキャロルらとの交流を通じて、他者との向き合い方を学んでいく。キャロルの猛々しさと繊細さを併せ持った性格は、カタチこそ異なるが実のところはマックスのキャラと瓜二つ。そんなキャロルの相反する性格をマックスは自身と重ね合わせ、いつしか相手を思いやるまでに。二人が離れ離れになるころには、キャロルもまた、同じ境地にいたっている。
この映画を通じて、あらためて感じたスパイク・ジョーンズ監督の画(映像)の圧倒的パワーと独特の世界観という類まれなる才能。その中でも、かいじゅうの造形、絵本のシズル感たっぷりのパペットとCGの融合は見事というほかない。あの毛の質感やキモ可愛い表情、ジャンプしたり、走ったりの動きも、コミカルで面白い。また時々挿入される子供(マックス)の視線――手持ちカメラによるアングルが、空想のかいじゅうワールドに不思議なリアル感をうみだしている。
この映画は、やんちゃな王様“マックス”の思いに共感できれば価値あり、観たかいありだと思う。
