2010.01.12 Tuesday 22:08
映画[ カールじいさんの空飛ぶ家 ]風船にのって、冒険にでかけよう!
映画[ カールじいさんの空飛ぶ家 ]を吉祥寺で鑑賞。
昨年クリスマスに観た。時間がなく午前の部(日本語吹き替え版)を観ることにしたが、劇場に入ってぼーぜん。なぜなら母親と子どもたちばかりだったのだ。どうしようかと思いながら、入ってしまったのであきらめて彼らと観ることに。関わりになりたくないので、隅のほうに座ったが、なぜか他の席も空いているのに子どもたちが周囲に座りだし、逃げ場がなくなってしまった。
するとマックを食べていた女の子が“おにいちゃん、ひとり?”と物怖じせずに話しかけてきた。怖がらせてやろう意地悪な考えが浮かび吉祥寺という土地柄に似合わない関西弁で返したが逆に、なぜか好感を持ち始め、複数の子どもたちから“おにいさん、お笑い?”“漫才できんの?”と詰問しはじめる。はぐらかし、遠くにいた彼女たちの母たちに助けをもとめるが、お兄ちゃんに遊んでもらっているように見えたのか、そしらぬ顔だ。
まいったな〜。
困惑顔が寂寥感ただよう顔に見えたのか。子どもの中の一人が“クリスマスにひとりって、寂しいねぇ”と、持っていた冷めたポテトを2本僕にくれた。やばい!!映画が始める前から、なんだかカールじいさんな気分になってきた。
昨年クリスマスに観た。時間がなく午前の部(日本語吹き替え版)を観ることにしたが、劇場に入ってぼーぜん。なぜなら母親と子どもたちばかりだったのだ。どうしようかと思いながら、入ってしまったのであきらめて彼らと観ることに。関わりになりたくないので、隅のほうに座ったが、なぜか他の席も空いているのに子どもたちが周囲に座りだし、逃げ場がなくなってしまった。
するとマックを食べていた女の子が“おにいちゃん、ひとり?”と物怖じせずに話しかけてきた。怖がらせてやろう意地悪な考えが浮かび吉祥寺という土地柄に似合わない関西弁で返したが逆に、なぜか好感を持ち始め、複数の子どもたちから“おにいさん、お笑い?”“漫才できんの?”と詰問しはじめる。はぐらかし、遠くにいた彼女たちの母たちに助けをもとめるが、お兄ちゃんに遊んでもらっているように見えたのか、そしらぬ顔だ。
まいったな〜。
困惑顔が寂寥感ただよう顔に見えたのか。子どもの中の一人が“クリスマスにひとりって、寂しいねぇ”と、持っていた冷めたポテトを2本僕にくれた。やばい!!映画が始める前から、なんだかカールじいさんな気分になってきた。
今回の[ カールじいさんの空飛ぶ家 ]は、ピクサーの記念すべき10作目となる作品。だからなのか子供や若者だけでなく、シルバー層も楽しめる人生賛歌がテーマとなっている。
●
冒険好きな少年と少女だったカールとエリーは夢を語りながら成長し、19歳で結婚する。幼い日の思い出がつまった廃屋を買い取り居心地のいい我が家に改築。喜びも悲しみも分かち合い、つつましく生きてきた2人にも、やがて悲しい別れが訪れる。
ひとり残され、78歳の偏屈な老人となったカールは、トラブルを起こし、老人ホームへ強制収容されそうになるのを機に、一世一代の冒険に旅立つ。無数の風船と共に大切な家ごと飛び立ったカールが目指したのは、かつてエリーと夢見た冒険の地だった。
●
こんな話を、子どもたちは本当に楽しいのか!?いざ映画がはじまると、さっきまでガヤガヤとうるさかった映画館が波を打ったように静まり返る。そう、みんな一心不乱に観入っているのだ。
風船や怪鳥ケヴィンの色彩色豊かなビジュアルに、カールやラッセル少年、昔のヒーローマンツなど、個性をとらえたユーモアあふれるキャラクターフェイス。さらに、飽きのこないプロット。老人のお話が、こんなにスリルのある冒険譚になってしまうとは・・・。よぼよぼだったカールじいさんが[ ダイ・ハード ]シリーズのジョン・マクレーンを彷彿とさせる不死身な精神力と肉体で怪鳥ケヴィン、ラッセルらを救出にむかうクライマックスシーンは爽快で、子どもたちが「きゃっきゃっ、きゃっきゃっ」とはしゃぎまくるほど。おそるべし“ピクサーマジック”。風船、古地図、最後は歩いて船をひっぱっていくなど・・・徹底的したアナログ旅行は、彼らの旅にはピッタリ。
亡き妻の思い出とともに、老人が一軒家に住みつづけるお話といえば昨年短編アニメーション部門でアカデミー賞をとった加藤久仁生監督の[ つみきのいえ ]が記憶に新しいが、あの物悲しい静謐な世界観とはこの映画は大きく異なる。どちらかというと[ つみきのいえ ]は、日本人らしい農耕型の記憶への旅で、この映画の[ カールじいさんの空飛ぶ家 ]は開拓者の地、アメリカならではの狩猟型の旅である。はじめての土地、はじめての人、はじめての体験(冒険)を通して、新たな喜び、自分という者の存在(価値)を見出していく。これを前途洋々な、未来ある青年ではなく、老い先短い(かもしれない?)じいさんが、体験するというのがいい。いくつになっても冒険はできるし、人は生まれ変われる。これを観て主人公と同年代の観客も、さぞや勇気づけられたことだろう。
この映画の邦題は[ カールじいさんの空飛ぶ家 ]だが、原題は「 UP 」という非常に簡素なタイトルで、びっくりした。“UP”は風船で家と一緒に旅する(Fly up)カールじいさんの光景と、妻を亡くし沈んだ気持ち(DOWN)を高揚させた(UP)内面の変化が込められたタイトルだろうと思うが、それにしても、あまりにもシンプルすぎる。もうひと工夫あってもいいような。それに比べると邦題は○。でも、字幕の映画ではじいさんは「カール」とは、ほとんど呼ばれない。(教えてもらったのだが)ラッセル少年からも「フレドリクセンさん」。そういう意味では、こちらの題名も無理があるんだけど・・・。劇中パサついたポテトの味が、ずっと舌に残っていて離れなかった。
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冒険好きな少年と少女だったカールとエリーは夢を語りながら成長し、19歳で結婚する。幼い日の思い出がつまった廃屋を買い取り居心地のいい我が家に改築。喜びも悲しみも分かち合い、つつましく生きてきた2人にも、やがて悲しい別れが訪れる。
ひとり残され、78歳の偏屈な老人となったカールは、トラブルを起こし、老人ホームへ強制収容されそうになるのを機に、一世一代の冒険に旅立つ。無数の風船と共に大切な家ごと飛び立ったカールが目指したのは、かつてエリーと夢見た冒険の地だった。
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こんな話を、子どもたちは本当に楽しいのか!?いざ映画がはじまると、さっきまでガヤガヤとうるさかった映画館が波を打ったように静まり返る。そう、みんな一心不乱に観入っているのだ。
風船や怪鳥ケヴィンの色彩色豊かなビジュアルに、カールやラッセル少年、昔のヒーローマンツなど、個性をとらえたユーモアあふれるキャラクターフェイス。さらに、飽きのこないプロット。老人のお話が、こんなにスリルのある冒険譚になってしまうとは・・・。よぼよぼだったカールじいさんが[ ダイ・ハード ]シリーズのジョン・マクレーンを彷彿とさせる不死身な精神力と肉体で怪鳥ケヴィン、ラッセルらを救出にむかうクライマックスシーンは爽快で、子どもたちが「きゃっきゃっ、きゃっきゃっ」とはしゃぎまくるほど。おそるべし“ピクサーマジック”。風船、古地図、最後は歩いて船をひっぱっていくなど・・・徹底的したアナログ旅行は、彼らの旅にはピッタリ。
亡き妻の思い出とともに、老人が一軒家に住みつづけるお話といえば昨年短編アニメーション部門でアカデミー賞をとった加藤久仁生監督の[ つみきのいえ ]が記憶に新しいが、あの物悲しい静謐な世界観とはこの映画は大きく異なる。どちらかというと[ つみきのいえ ]は、日本人らしい農耕型の記憶への旅で、この映画の[ カールじいさんの空飛ぶ家 ]は開拓者の地、アメリカならではの狩猟型の旅である。はじめての土地、はじめての人、はじめての体験(冒険)を通して、新たな喜び、自分という者の存在(価値)を見出していく。これを前途洋々な、未来ある青年ではなく、老い先短い(かもしれない?)じいさんが、体験するというのがいい。いくつになっても冒険はできるし、人は生まれ変われる。これを観て主人公と同年代の観客も、さぞや勇気づけられたことだろう。
この映画の邦題は[ カールじいさんの空飛ぶ家 ]だが、原題は「 UP 」という非常に簡素なタイトルで、びっくりした。“UP”は風船で家と一緒に旅する(Fly up)カールじいさんの光景と、妻を亡くし沈んだ気持ち(DOWN)を高揚させた(UP)内面の変化が込められたタイトルだろうと思うが、それにしても、あまりにもシンプルすぎる。もうひと工夫あってもいいような。それに比べると邦題は○。でも、字幕の映画ではじいさんは「カール」とは、ほとんど呼ばれない。(教えてもらったのだが)ラッセル少年からも「フレドリクセンさん」。そういう意味では、こちらの題名も無理があるんだけど・・・。劇中パサついたポテトの味が、ずっと舌に残っていて離れなかった。
