2010.01.09 Saturday 01:03
映画[ ウルトラミラクルラブストーリー ]元初的な愛のかたち!?
映画[ ウルトラミラクルラブストーリー ]を鑑賞。
松山ケンイチを“豹変者”と評した人がいるが、
まさにこの映画は、その言葉があてはまる役どころだ。
地元出身である彼だけに、青森弁のべしゃりは堂に入ったもの。しかし、いくら松山ケンイチのファンでも、この映画は楽しめない。純愛映画が好きというだけでも・・・、たぶん受け付けないはずだ。
すすめるとしたら、一方的な愛を一途に貫いている人だろうか。
松山ケンイチ演じた陽人の言動が、凡人の私たちにはわからずとも、
同じ境遇を経験した人なら少しはわかるはずだから。
監督は、前作[ ジャーマン+雨 ]でとてつもない世界観を披露した鬼才・横浜聡子。今回は彼女の出身地青森でのロケで、なおかつ全編青森(津軽)弁。青森出身者にとっては、懐かしく愉快に楽しめる作品だろう。
松山ケンイチを“豹変者”と評した人がいるが、
まさにこの映画は、その言葉があてはまる役どころだ。
地元出身である彼だけに、青森弁のべしゃりは堂に入ったもの。しかし、いくら松山ケンイチのファンでも、この映画は楽しめない。純愛映画が好きというだけでも・・・、たぶん受け付けないはずだ。
すすめるとしたら、一方的な愛を一途に貫いている人だろうか。
松山ケンイチ演じた陽人の言動が、凡人の私たちにはわからずとも、
同じ境遇を経験した人なら少しはわかるはずだから。
監督は、前作[ ジャーマン+雨 ]でとてつもない世界観を披露した鬼才・横浜聡子。今回は彼女の出身地青森でのロケで、なおかつ全編青森(津軽)弁。青森出身者にとっては、懐かしく愉快に楽しめる作品だろう。
青森で農業を営みながら一人で暮らす水木陽人(松山ケンイチ)は、やることなすことすべてが常識外れな変わり者。心は純粋だが、落ち着きがまったくなく、周囲に手を焼かせてばかりいた。ある日陽人は、訳あって東京からやって来た保育士の町子先生(麻生久美子)と出 会い、一目ぼれする。恋を知らない陽人にとって、生まれて初めての恋。「結婚しよう」と猛アタックを仕掛けるが、まったく相手にされない陽人はある日、とんでもない行動に出る。
●
横浜監督の前作[ ジャーマン+雨 ]は、とにかく衝撃的だった。観客に支持される作品というより、監督の思い入れだけで作ったような逸品だった。作品としては非常に粗削りだが、その欠点をも帳消しにしてあまりある圧倒的なパワーにみちあふれている。
監督の野性味あふれる瑞々しい感性は、本作でも健在。
パワーの源は、間違いなく監督のみなぎる創作への衝動だろう。
主人公は、監督の分身であり、自分自身かもしれない。前作[ ジャーマン+雨 ]では子供たちにゴリラーマンと名付けられ、非難の目を浴びようともわが道をいくどっこいよし子。この映画では、松山ケンイチ演じる水木陽人。
彼に理屈や常識なんてものはない。破天荒に、今日も一日あばれまわる。
そんな彼が、ある日幼稚園で出会った町子先生にひとめぼれ。相手にしてくれない町子先生を振り向かせようと、自らの高揚感を抑えるために自らの身体に農薬を吹きかける。
凡庸な起伏のないストーリーをあざわらうかのような展開で、予測不可能な恋愛に当初は困惑するが、それでも、少し丹念に観ていくと・・・この映画には、説明できない現象に、何か隠れたメッセージがみえてくる。
現実的な世界だと思っていたら・・・、町子の元カレ、首なしの要(ARATA)が突如あらわれたり。心臓の音が聞こえないの陽人が、ふつうに町子と暮らしていたり。恋愛関係にあった陽人の“脳みそ”の熊に食わせるあたりも・・・、不思議な映像だ。
すべては、現実と幻想、常識と非常識、精神と物質という相対する事象に境がないのだ。さて、それはいったい何を意味するのだろうか。文明がある意味発達する前の、狩猟型の人類たちが、育んだであろうそ“ラブ”があるのだった。現代からいえば、まさしくそんなのが「ウルトラでミラクルな」ラブなのかもしれない。
陽人の自由奔放な生き方を描いた冒頭のアクションシーンと、死の間際、獣のように森をかけめぐるシーンが、この映画ではひじょうに印象的だった。撮影監督の近藤龍人は、熊切監督の[ ノン子36歳(家事手伝い) ]の坂井真紀が演じたノン子の濡れ場シーンも秀逸だった。横浜監督の作品もだが、近藤龍人が撮る次回作も楽しみだ。
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横浜監督の前作[ ジャーマン+雨 ]は、とにかく衝撃的だった。観客に支持される作品というより、監督の思い入れだけで作ったような逸品だった。作品としては非常に粗削りだが、その欠点をも帳消しにしてあまりある圧倒的なパワーにみちあふれている。
監督の野性味あふれる瑞々しい感性は、本作でも健在。
パワーの源は、間違いなく監督のみなぎる創作への衝動だろう。
主人公は、監督の分身であり、自分自身かもしれない。前作[ ジャーマン+雨 ]では子供たちにゴリラーマンと名付けられ、非難の目を浴びようともわが道をいくどっこいよし子。この映画では、松山ケンイチ演じる水木陽人。
彼に理屈や常識なんてものはない。破天荒に、今日も一日あばれまわる。
そんな彼が、ある日幼稚園で出会った町子先生にひとめぼれ。相手にしてくれない町子先生を振り向かせようと、自らの高揚感を抑えるために自らの身体に農薬を吹きかける。
凡庸な起伏のないストーリーをあざわらうかのような展開で、予測不可能な恋愛に当初は困惑するが、それでも、少し丹念に観ていくと・・・この映画には、説明できない現象に、何か隠れたメッセージがみえてくる。
現実的な世界だと思っていたら・・・、町子の元カレ、首なしの要(ARATA)が突如あらわれたり。心臓の音が聞こえないの陽人が、ふつうに町子と暮らしていたり。恋愛関係にあった陽人の“脳みそ”の熊に食わせるあたりも・・・、不思議な映像だ。
すべては、現実と幻想、常識と非常識、精神と物質という相対する事象に境がないのだ。さて、それはいったい何を意味するのだろうか。文明がある意味発達する前の、狩猟型の人類たちが、育んだであろうそ“ラブ”があるのだった。現代からいえば、まさしくそんなのが「ウルトラでミラクルな」ラブなのかもしれない。
陽人の自由奔放な生き方を描いた冒頭のアクションシーンと、死の間際、獣のように森をかけめぐるシーンが、この映画ではひじょうに印象的だった。撮影監督の近藤龍人は、熊切監督の[ ノン子36歳(家事手伝い) ]の坂井真紀が演じたノン子の濡れ場シーンも秀逸だった。横浜監督の作品もだが、近藤龍人が撮る次回作も楽しみだ。
