映画[ パンドラの匣 ]そこには、幽かに「希望」という文字が書かれていた | アロハ坊主の日がな一日

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映画[ パンドラの匣 ]そこには、幽かに「希望」という文字が書かれていた
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    映画[ パンドラの匣 ]をテアトル新宿で鑑賞。

    最近、めっきり髪の毛が伸びて、友人とすれ違っても全く気づかれなかったアロハ坊主です。それはさておき太宰治の生誕100周年を記念して[ 斜陽 ]につづき、公開された[ パンドラの匣 ]。

    独創的な映画を撮り続ける監督の冨永昌敬が[ パンドラの匣 ]を手がけるということもあって観に行ってきた。
    日本が戦争に負けた年、「新しい男」に生まれ変わる決意をした利助だったが、血を吐いて結核療養の健康道場に入る。患者は塾生、看護婦を助手と称し、屈伸鍛練や摩擦など一風変わった治療法を実践するそこでは、互いをあだ名で呼び合うのが習わしで、利助は「ひばり」と名づけられる。
    しばらくすると新しい組長こと看護婦長の竹さんが赴任する。ひばりは助手のマア坊や竹さんとの日々を詩人のつくしに宛てた手紙に綴る。(gooより)

    なんともまあ表現しずらい、独特な雰囲気を持つ映画だこと。

    巨匠・菊地成孔によるjazzyな現代音楽の調べはさることながら、あの独特のセリフは心に残る。
    「やっとるか」
    「やっとるぞ」
    「がんばれよ」
    「ようしきた」
    原作そのまんまだが、この独特な語感のリズムが、冨永監督らしさを象徴しているような気がする。というのも、彼の代表作[ パビリオン山椒魚 ][ シャリーの好色人生と転落人生 ]では(でたらめな)方言が、その映画の世界観を作り出していたからだ。


    原作通りの映画なら、主人公のひとり語りでとても単調で、退屈な映像だな、と危惧していたが映像としてみると、一味違っていた。マア坊こと仲里依紗や、竹さんを演じた川上未映子が着ていたメイドのようなかわゆい衣裳に、療養所という場所にはそぐわないアットホームさ。突如襲ってくる結核という病により認識する死と隣り合わせの現実。

    原作には書かれていないタイミングで、隣り合わせの死を意識するシークエンスがある。それはかっぽれ(杉山彦々)の死である。神のいたずらか!と思ってしまうほど簡単に亡くなってしまう、このシーンがなければ、彼らのユートピア的な日常も、意味を持たなかったであろう。恋をしたり、ケンカをしたり・・・、青春とは、このような不安定な状態でこそ、ひかり輝くのだ。「やっとるか」「やっとるぞ」・・・この療養所でしか通用しない、この掛け合いの挨拶が、青春という世界を堅牢に、カタチ作っているようだ。

    監督は、実は[ ヴィヨンの妻 ]を合わせた映画にしたかったという話だが、原作にないエンディングで、描きたかった[ ヴィヨンの妻 ]の爪痕が垣間みれた。

    この映画は現代っぽく、明るいテイストで[ 斜陽 ]よりは楽しめた。ただ独特の世界観で苦手な人も多いかも。原作を読んでのぞめば、制作側の意図が読み取れて面白い。

    仲里依紗の可愛さや、川上未映子の奔放さと色気をぜひ拝んでみたいという方には、おすすめです。なんだか、今回はとりとめのない感想で終わってしまった。
    | 映画(日本) | 17:55 | comments(0) | trackbacks(1) |
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    映画『パンドラの匣』
    【12月13日特記】 映画『パンドラの匣』を観てきた。冨永昌敬監督。これは結構拾いものの映画だった。 『パビリオン山椒魚』の時はちょっと荒唐無稽に過ぎるような気がしてパスした。その後2本も撮っていたの
    | trivialities | 2009/12/15 11:20 AM |