2008.01.07 Monday 00:17
映画[ ALWAYS 続・三丁目の夕日 ]3人で見る夕日だから、美しいんだ
映画[ ALWAYS 続・三丁目の夕日 ]を新宿で鑑賞。
日本アカデミー賞を総ナメにした前作[ ALWAYS 三丁目の夕日 ]。
思えばレビューで、この作品を絶賛していたんだっけ。・・・ということでシリーズ2作目もやっぱり観ました。泣かせどころは、ある程度予測はついていたし、そこに至るまでの展開(パターン)も前回とさほど変わらぬだろうと思っていた。にもかかわず、やっぱり泣けちゃうんだよな。これが。それに加えて、今回は監督と脚本家のしたたなメッセージがかいまみられた。監督×脚本は前作に引き続き山崎貴と古沢良太が担当している。
日本アカデミー賞を総ナメにした前作[ ALWAYS 三丁目の夕日 ]。
思えばレビューで、この作品を絶賛していたんだっけ。・・・ということでシリーズ2作目もやっぱり観ました。泣かせどころは、ある程度予測はついていたし、そこに至るまでの展開(パターン)も前回とさほど変わらぬだろうと思っていた。にもかかわず、やっぱり泣けちゃうんだよな。これが。それに加えて、今回は監督と脚本家のしたたなメッセージがかいまみられた。監督×脚本は前作に引き続き山崎貴と古沢良太が担当している。
本作は、ロングランヒットになった[ ALWAYS 三丁目の夕日 ]から4か月後、昭和34年春からの三丁目に住む人々の物語。東京オリンピックの開催決定と同時に、高度経済成長へ日本が足を踏み入れようとした時代。世の中は景気がよくなり世の人々も潤い出しても、ココに住む人々は変わらない。
前作では、高度経済成長期に入って、無くなり変わりつつあるものと
時代が変わっても無くならないもの。この対比によって、
利便性や裕福さよりも大事なものがあることを訴えていた。
親が事業を失敗したことで一平(小清水一揮 )のはとこ、鈴木美加(小池彩夢)が鈴木オートにやってきたり、古行淳之介(須賀健太)と一緒に暮らすために、売れない小説家・茶川竜之介(吉岡秀隆)が、一念発起で芥川賞を目指すことになるなど、今回は“お金(収入)”というシビアな現実が話の中心となっている。住む世界が違うということで、自らの身を退こうとするヒロミ(小雪)の姿にもまた、同様の切実な理由があったりするのだ・・。
またこの対比以外にも、[ ALWAYS 三丁目の夕日 ]シリーズには竜之介は古行淳之介とヒロミ、さらに鈴木オートには六ちゃん(堀北真希)そして新たに加わった鈴木美加という、つねに疑似家族が描かれているのも、血のつながった家族以上の、お金ではかえない“幸せ”(大切な何か)がそこには生まれ、存在する。親や子、そして兄弟を殺すようなこの時代だからこそ、強いメッセージとなるのかもしれない。
そして大団円、茶川の作品が芥川賞の最終選考まで残り、結果発表を四丁目の人々らと待つシーンは、それまでの点が線となり、一気に爽快なカタルシスを感じさせてくれる。
鈴木則文(堤真一)らがいった「泣ける物語で何が悪い!」で・・・・僕は不覚にも涙してしまった。と同時に、これは製作者が本作を肯定するための、いやもっといえば、確信犯として“本作こそが邦画でナンバーワンだ”というのを観客へ声高に叫んでいるように見えたのだ。
最近、邦画はこの手のノスタルジーを全面に出した“泣かせる映画”が主流となりつつある。観客は、正直またかという思いが強い。そんな時流の中で、創られた第2弾。脚本家は[ キサラギ ]の古沢良太だし・・・。これで前作[ ALWAYS 三丁目の夕日 ]が、無冠であればいうことなしだったが。本作ほどこの川渕康成(小日向文世)の言葉が当てはまる作品もないだろう。「実に君らしい。でも人生は決してハッピーエンドで終わる訳じゃない」と。
冒頭の東京タワーをぶっ壊すゴジラの足元を猛スピードで爆走する鈴木が運転する三輪モーターや、羽田空港で、大空に飛び立つ飛行機を見上げる光景など、VFXによる映像のスケール感がグレードアップしているのもさることながら、本作は道路からゆっくり茶川の家に入っていき、茶川がちゃぶ台で小説の執筆活動に勤しんでいるシーンをカメラが捉えるなど、前作に比べ長まわしを多く用いたもの、第2弾としてはよろしかったのでは。邪推を抱かせつつも、感涙させるんだから、やっぱたいしたもんだ。
観ようと思う人は、ぜひ前作を観てからお臨みくだされ。
前作では、高度経済成長期に入って、無くなり変わりつつあるものと
時代が変わっても無くならないもの。この対比によって、
利便性や裕福さよりも大事なものがあることを訴えていた。
親が事業を失敗したことで一平(小清水一揮 )のはとこ、鈴木美加(小池彩夢)が鈴木オートにやってきたり、古行淳之介(須賀健太)と一緒に暮らすために、売れない小説家・茶川竜之介(吉岡秀隆)が、一念発起で芥川賞を目指すことになるなど、今回は“お金(収入)”というシビアな現実が話の中心となっている。住む世界が違うということで、自らの身を退こうとするヒロミ(小雪)の姿にもまた、同様の切実な理由があったりするのだ・・。
またこの対比以外にも、[ ALWAYS 三丁目の夕日 ]シリーズには竜之介は古行淳之介とヒロミ、さらに鈴木オートには六ちゃん(堀北真希)そして新たに加わった鈴木美加という、つねに疑似家族が描かれているのも、血のつながった家族以上の、お金ではかえない“幸せ”(大切な何か)がそこには生まれ、存在する。親や子、そして兄弟を殺すようなこの時代だからこそ、強いメッセージとなるのかもしれない。
そして大団円、茶川の作品が芥川賞の最終選考まで残り、結果発表を四丁目の人々らと待つシーンは、それまでの点が線となり、一気に爽快なカタルシスを感じさせてくれる。
鈴木則文(堤真一)らがいった「泣ける物語で何が悪い!」で・・・・僕は不覚にも涙してしまった。と同時に、これは製作者が本作を肯定するための、いやもっといえば、確信犯として“本作こそが邦画でナンバーワンだ”というのを観客へ声高に叫んでいるように見えたのだ。
最近、邦画はこの手のノスタルジーを全面に出した“泣かせる映画”が主流となりつつある。観客は、正直またかという思いが強い。そんな時流の中で、創られた第2弾。脚本家は[ キサラギ ]の古沢良太だし・・・。これで前作[ ALWAYS 三丁目の夕日 ]が、無冠であればいうことなしだったが。本作ほどこの川渕康成(小日向文世)の言葉が当てはまる作品もないだろう。「実に君らしい。でも人生は決してハッピーエンドで終わる訳じゃない」と。
冒頭の東京タワーをぶっ壊すゴジラの足元を猛スピードで爆走する鈴木が運転する三輪モーターや、羽田空港で、大空に飛び立つ飛行機を見上げる光景など、VFXによる映像のスケール感がグレードアップしているのもさることながら、本作は道路からゆっくり茶川の家に入っていき、茶川がちゃぶ台で小説の執筆活動に勤しんでいるシーンをカメラが捉えるなど、前作に比べ長まわしを多く用いたもの、第2弾としてはよろしかったのでは。邪推を抱かせつつも、感涙させるんだから、やっぱたいしたもんだ。
観ようと思う人は、ぜひ前作を観てからお臨みくだされ。
