[ ありがとう ]崖から手を離す勇気 | アロハ坊主の日がな一日

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[ ありがとう ]崖から手を離す勇気
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    [ ありがとう ]@渋谷で鑑賞

    この作品にとって、たぶん僕はターゲットではないと観
    る前から思っていた。もう少し年配者向けの映画だとい
    う気はしていた。

    しかしこの作品はどうしても観たいと思い、上映が終了す
    る最終週に滑り込みで観に行った。なぜ、観たかったのか。
    それは、仙頭武則プロデューサーと万田邦敏監督が手がけ
    た作品だからに他ならない。
    「ありがとう」の題字は加藤登紀子 パンフレット
    仙頭武則は、大手鉄鋼メーカーから映画プロデューサーに
    なった特異な経歴の持ち主。日本映画がそれほど海外から
    注目されていなかった時期に若手監督たちと組んで、国際
    映画祭で賞を獲り続けた日本を代表するプロデューサーだ。

    かたや万田邦敏監督は立教大学の映画研究会で黒沢清や塩
    田明彦とともに自主映画をつくり、映画界では早くから注
    目されていたが、監督は重い腰をなかなか上げることがな
    く、まるで社会に抗うように撮り続けている。万田監督が
    撮った前作は2001年に製作した[ UNLOVED ]。この
    作品はカンヌ国際映画祭批評家週間に招待され、レイル・
    ドール賞やエキュメニック新人賞を受賞している。

    本作[ ありがとう ]は、プロゴルファー古市忠夫を主人
    公とした平山譲のノンフィクション小説の映画化。1995年
    1月17日に起こった阪神・淡路大震災により、古市は店
    (カメラ屋)も財産も友人も失ったが、地元消防団のボラ
    ンティア活動を通じて復興に奔走。その一方で、自らプロ
    ゴルファーを志し、60歳手前でプロゴルファーに見事合格。
    この映画では、どんな逆境にも、自分の気の持ちよう一つ
    で乗り越えられることを、古市忠夫演じる赤井英和が文字
    通り体当たりの演技でみせてくれる。

    この企画は、仙頭プロデューサーの実家、宝塚が大震災に
    直面し、当時東京にいて、何もできないというもどかしい
    気持ちではなく、「いっそのこと自分もあの場にいて、腕
    の1本でも折れたらよかった」というような“妙な気持ち”
    (仙頭プロデューサーの言葉)がきっかけだったらしい。

    それゆえ、プロゴルファー古市忠夫の還暦からのプロ合格
    への道ではあるが、ストーリーの半分は震災の復興をテー
    マに描かれている。古市がプロゴルファーになれた原動力
    も結局は、あの震災があってのこと。それゆえ何よりも
    “阪神・淡路大震災の衝撃”を観客に伝えるのが大切。
    僕も、あのときは大阪・豊中の寮にいて体験した。今でも
    はっきり覚えている。布団の横に置いていた5冊もの雑誌
    が地震後、(正常に立っている)洋服ダンスの下に潜り込
    むように挟まっていた―――。大阪でさえ、それほどの揺
    れだったのだ。

    本作の(阪高が倒れ、三宮駅前のそごうが崩壊などの)地震
    のシーンは、仙頭プロデューサー自らが(特撮)監督を務
    めて、手がけた力作である。

    主人公古市は典型的な関西人。押しが強く、人情にもろい。
    そしてべしゃりがうまい。
    「人生後ろ向いたらしまいや、前向いていこうや」
    「崖にしがみついてるその手を、はなしてみいや」
    「苦しくなったら顔あげて、奥歯折れるまでかみしめて、
    笑うんやで」
    でも決して並外れた能力を持った人間ではない。万人と同
    じ。復興のために、先頭を切って頑張れたのも、還暦間近
    でプロテストに合格したのもすべては、彼が言っていた
    「わしら、生かしてもろてんねん。生かしてくれた人に感
    謝せな。文句言うたらあかん」の言葉につきる。

    ●火災を鎮火するために、神戸市だけでなく東京都、名古
    屋、富山など全国の消防署から消防車がかけつけ、海から
    水を汲んで放水するシーン。
    ●もしもの時に対応できる街づくりを推進するために区画
    整理をしようと古市が中心になって集会を行った時も、最
    初こそ反対勢力の声が大きかったものの、最後には古市の
    考えたに賛同した人たちばかりになるシーン。
    ●古市がプロゴルファーを目指して、練習に励むがお金が
    ないので、日々ジョギングや素振り、スクワットの日々。
    その姿を見て、街中の人たちが元気になり、彼を応援する
    ために集まってくるシーン。
    ●ゴルファーとは一定の距離を置いていたが古市のプロテ
    ストのキャディ・飯田美子(薬師丸ひろ子)が、古市と出
    会うことで彼を応援し、的確なアドバイスでサポートする
    合格へと導くシーン。

    街や古市忠夫が立ち上がる時には、必ず周囲から応援やサ
    ポートする人が現れる。それは、まさしく彼の言う“生か
    してもらっている”からなのだろう。ゴルファーになった
    もの、家も財産も焼けてすべてを失った中で、唯一ゴルフ
    バックだけが焼けずに残っていたから(生かされていたか
    ら)とことにもつながる。

    しかし、そのゴルフバックが生き残っていたシーンは“こ
    てこてやな”と関西弁でつっこみたくなるぐらいの演出が
    なされている。監督とプロデューサーはゴルファーになっ
    たという理由(生かされていること)を印象づけるには、こ
    れくらいのインパクトが必要だと思ったのだろう。
    やはり僕は、ターゲットではないなあ。

    映画の後半であるプロゴルファーを目指すパートは、前半
    の震災から立ち上がる時の辛さとは一変するような明るい
    展開。特に、古市忠夫と妻・千賀代(田中好子)の掛け合
    いがケッセク。「苦しくなったら顔あげて、奥歯折れるま
    でかみしめて、笑うんやで」を地でいく夫婦だ。

    関西風な映画かと言われると、ちょっとうそくさい関西弁
    が気にはなる。
    また、次の一歩を踏み出す勇気が感じられるシーンは、ベ
    タではあるが、気持ちが高揚するような演出されていて、
    かつリズムがあり、最後まで一気に観られる。ラストは爽
    快な気分である。またエンディングテーマ河島英五の「生
    きてりゃいいさ」が流れるのだが、これがこの映画のため
    に作られたかのような詩で、多分涙した人も多いのでは・・。

    この作品は、観客にとっては勇気をくれる映画だが、実は
    それは万田監督にとってもそうだったかもしれない。大学
    時代共に自主映画を作っていた塩田明彦監督は今や[ 害虫 ]
    [ カナリア ]のような作家性の強い作品から[ 黄泉がえり ]
    [ この胸いっぱいの愛を ]のような大衆性のある作品まで
    幅広く手がける売れっ子監督だ。
    仙頭プロデューサーは、万田監督にも塩田監督のようなフ
    ィールドを広げるチャンスを今回与えたのではないだろう
    か。万田監督は、本作のインタビューで「・・・・今まで
    大げさな芝居には抵抗があったが、仙頭さんに『崖から手
    を離せよ!』って言われて。やってみたら、案外こういう
    芝居もありなんだなと思えたんですよ・・」と話している。
    万田監督の一つの転機になったのか。それは次回を楽しみ
    にしておこう。その機会はそう遠くないはずだから。
    | - | 23:04 | comments(0) | trackbacks(11) |
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    ありがとう
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    | ☆彡映画鑑賞日記☆彡 | 2007/11/20 9:22 PM |
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    1995年1月17日午前5時46分. 近畿地方各地を大地震が襲った. なかでも,神戸市一帯や淡路島などでは大きな被害をうけ,壊滅状態. 私にとって,被災地に乗り込んで「ここはもう,神戸じゃないみたいです」と全国に向かって伝えていたテレビのアナウンサーが印象的
    | オレメデア | 2007/01/17 3:52 PM |
    映画「ありがとう」
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    | ちょっとひとことええでっかぁ〜♪ | 2007/01/08 11:10 PM |
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    「車いすやギプスの子を見ていると、おれが現役で大きなけがもせず、活躍できたのも、この子らが身代わりとなって守ってくれたおかげやと、ホンマ思いますわ」 「身体障害者野球を応援する会」の理事長も務め、ことあるごとに阪神・赤星らにボランティアをすすめる“世
    | 『パパ、だ〜いスキ』と言われたパパの映画日記 | 2007/01/08 10:48 PM |
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    大切なのは、感謝して生きる気持ち。 1995年1月17日 阪神淡路大震災発生 これは、再び笑顔を取り戻した人々の勇気と感動の実話。 苦しなったら顔上げて、 奥歯折れるまでかみしめて、 笑うんやで。
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    | 茸茶の想い ∞ 〜祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり〜 | 2007/01/07 1:02 AM |
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    | Aのムビりまっ!!!(映画って最高☆) | 2007/01/07 12:21 AM |
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    『ありがとう』鑑賞レビュー! 大切なのは、感謝して生きる気持ち。 1995年1月17日 阪神淡路大震災発生 これは 再び笑顔を取り戻した 人々の勇気と感動の実話 『わしら 生かしてもろてんねん! 生かしてくれた人に感謝せな』 ☆゜・*:.
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    ありがとう
    16日は「硫黄島からの手紙」、「暗いところで待ち合わせ −Waiting in the Dark−」を観たんですが、ま、
    | 欧風 | 2007/01/06 9:59 PM |
    『ありがとう』
    ----この映画、阪神淡路大震災が背景になっているんだよね。 監督が万田邦敏って、あまりイメージじゃないね。 「うん。 なんと言っても問題作『unloved』の監督だからね。 あの映画では、ヒロインが自分の生活に満足し、 裕福で社会的に成功した男からの仕事の話や愛を
    | ラムの大通り | 2007/01/06 8:51 PM |
    ありがとう
    感謝の気持ちは忘れちゃならない・・・エンドクレジットも極端に大きな文字だったことが証明している。
    | ネタバレ映画館 | 2007/01/06 8:19 PM |