2006.06.07 Wednesday 19:36
[ 明日の記憶 ]渡辺謙の狙いと堤監督の演出
[ 明日の記憶 ]@渋谷で鑑賞。
原作の小説[ 明日の記憶 ]に深く感銘を受け、原作者・荻原
浩に直筆で数枚にわたる手紙を書き堤幸彦監督を深夜に直電で
口説き落とし、そして自らエクゼクティブ・プロデューサーと
してキャスト選出や構成までたずさわった渡辺謙。彼の並々な
らぬ意気込みを強く感じる映画だ。

原作の小説[ 明日の記憶 ]に深く感銘を受け、原作者・荻原
浩に直筆で数枚にわたる手紙を書き堤幸彦監督を深夜に直電で
口説き落とし、そして自らエクゼクティブ・プロデューサーと
してキャスト選出や構成までたずさわった渡辺謙。彼の並々な
らぬ意気込みを強く感じる映画だ。

本作は働き盛りの50歳で、若年性アルツハイマー病と診断
されてしまったオトコ・佐伯雅行を通して、夫婦や家族、
生きることの意味を考えさせられる。
しかし、エクゼクティブ・プロデューサー渡辺謙の監督人
選には、びっくりした。過度なカット割りに、画面の色や
質感まで変えてしまい「リアル」さというものと一番対極に
ある映画をつくる堤監督を、一番「リアル」が必要な本作の
監督に抜擢するとは。
謙さんいはく
「主人公の佐伯雅行と同年代であるということと、映像的
な構成力と「今」を感じるスピード感に期待した。単なる泣
かせるだけの映画にはしたくなったから。」
というのがその理由らしい。
堤監督は[ ケイゾク ][ トリック ]や[ サイレン ]
などと比べると[ 明日の記憶 ]は明らかに編集が抑え目
である。しかし、要所要所では監督「らしさ」が顔だす。
渡辺謙演じる佐伯雅行に、病気の兆候が会社で見え始めた
時は、クライアントへの謝罪に帰り道の、一人沈み込む佐
伯(老い)と周囲は元気に笑っている若者(若さ)たちという
対比で表したり、道がわからない、メンバーの居場所がわ
からないなどのときは、360°回転のカメラで心の動揺を
映像化する。
神経内科の吉田医師の検査に答えられないというときは、
揺れる画面により、さらなる心の動揺を表現する。病院で
の地下駐車場の点灯ランプも、同様の映像演出であろう。
こういう所が、謙さんの求めていた「今」という時代を切り
取ったスピード感のある演出なのだろう。
職人気質の老年監督には、こんな描き方はまずできない。
映画の前半は、ケレン味ある演出で、観客に主人公と同様
の恐怖を植えつける。
後半は、雅行一人で感じていた恐怖を夫婦2人で、共に分
かち合う。去年観た[ 頭の中の消しゴム ]も本作と同様
のテーマで、ストーリー展開も酷似している。しかし[
頭の中の消しゴム ]は2人で苦しみを分かち合うというよ
り、一人で苦しみを抱え込むという表現が当てはまる。
この違いは、[ 頭の中の消しゴム ]は過去に生きる2人
として、[ 明日の記憶 ]は未来に生きる2人として描か
れているようである。
未来に生きるとは、それは、現実から逃げないこと、相
手と向き合うことの意味。堤監督は、後半(一部ショッ
キングなシーンはあったものの)2人のこの向き合う姿
を非常に丁寧に撮っていたように思う。謙さんも、たぶ
んこの後半を一番描きたかったのだろう。前半のケレン
味が、後半の「リアリティ」を高めている。
「リアル」だけを描けば、誰もが感動し共感するという安
直な発想は、堤監督には通用しない。渡辺謙の選択はこ
れだったのか。
されてしまったオトコ・佐伯雅行を通して、夫婦や家族、
生きることの意味を考えさせられる。
しかし、エクゼクティブ・プロデューサー渡辺謙の監督人
選には、びっくりした。過度なカット割りに、画面の色や
質感まで変えてしまい「リアル」さというものと一番対極に
ある映画をつくる堤監督を、一番「リアル」が必要な本作の
監督に抜擢するとは。
謙さんいはく
「主人公の佐伯雅行と同年代であるということと、映像的
な構成力と「今」を感じるスピード感に期待した。単なる泣
かせるだけの映画にはしたくなったから。」
というのがその理由らしい。
堤監督は[ ケイゾク ][ トリック ]や[ サイレン ]
などと比べると[ 明日の記憶 ]は明らかに編集が抑え目
である。しかし、要所要所では監督「らしさ」が顔だす。
渡辺謙演じる佐伯雅行に、病気の兆候が会社で見え始めた
時は、クライアントへの謝罪に帰り道の、一人沈み込む佐
伯(老い)と周囲は元気に笑っている若者(若さ)たちという
対比で表したり、道がわからない、メンバーの居場所がわ
からないなどのときは、360°回転のカメラで心の動揺を
映像化する。
神経内科の吉田医師の検査に答えられないというときは、
揺れる画面により、さらなる心の動揺を表現する。病院で
の地下駐車場の点灯ランプも、同様の映像演出であろう。
こういう所が、謙さんの求めていた「今」という時代を切り
取ったスピード感のある演出なのだろう。
職人気質の老年監督には、こんな描き方はまずできない。
映画の前半は、ケレン味ある演出で、観客に主人公と同様
の恐怖を植えつける。
後半は、雅行一人で感じていた恐怖を夫婦2人で、共に分
かち合う。去年観た[ 頭の中の消しゴム ]も本作と同様
のテーマで、ストーリー展開も酷似している。しかし[
頭の中の消しゴム ]は2人で苦しみを分かち合うというよ
り、一人で苦しみを抱え込むという表現が当てはまる。
この違いは、[ 頭の中の消しゴム ]は過去に生きる2人
として、[ 明日の記憶 ]は未来に生きる2人として描か
れているようである。
未来に生きるとは、それは、現実から逃げないこと、相
手と向き合うことの意味。堤監督は、後半(一部ショッ
キングなシーンはあったものの)2人のこの向き合う姿
を非常に丁寧に撮っていたように思う。謙さんも、たぶ
んこの後半を一番描きたかったのだろう。前半のケレン
味が、後半の「リアリティ」を高めている。
「リアル」だけを描けば、誰もが感動し共感するという安
直な発想は、堤監督には通用しない。渡辺謙の選択はこ
れだったのか。

コメント&TBありがとうございます。
賛否両論ありますが、ボクもいい映画に一票です。