2005.12.24 Saturday 15:05
[ 疾走 ]“性”に目覚め、“生”に目覚める
映画[ 疾走 ]@銀座で鑑賞。
重松清の同名小説[ 疾走 ]の映画化。重松は「SABUさん
自身が撮りたいと言ってるんなら、OKです」ということで、
この映画化を承諾したらしい。
この[ 疾走 ]にも、[ 弾丸ランナー ][ ポストマン
・ブルース ]などのような躍動感やスピード感みたいな
もの期待していたが、いざ観ていると趣が全く違う。
寺島進が主役を演じた[ 幸福の鐘 ]のようなどこか内
省的なものをこの作品には感じる。
重松清の同名小説[ 疾走 ]の映画化。重松は「SABUさん
自身が撮りたいと言ってるんなら、OKです」ということで、
この映画化を承諾したらしい。
この[ 疾走 ]にも、[ 弾丸ランナー ][ ポストマン
・ブルース ]などのような躍動感やスピード感みたいな
もの期待していたが、いざ観ていると趣が全く違う。
寺島進が主役を演じた[ 幸福の鐘 ]のようなどこか内
省的なものをこの作品には感じる。
“浜”と呼ばれる街に、福原秀次ことシュウジ(手越祐也)
は家族と暮らしていた。幼い頃、人々が近寄らない“沖”
と呼ばれる場所に一人で自転車で行き、そのとき自転車が
故障して途方に暮れていたシュウジを“沖”に住む鬼ケン
(寺島進)とその愛人アカネ(中谷美紀)が助けてくれる。
“浜”の人々が疎む“沖”。そこに住む「鬼ケン」のやさし
い一面に触れたシュウジだったが、数日後「鬼ケン」が変死
を遂げたことを知り、幼いシュウジはひとり泣いた。
怖い鬼ケンを前にしても、必要以上の言葉や悲鳴を発しな
いし、泣きもしないシュウジ。鬼ケンに「肝っ玉すわってる
な」とまで言われる。
熟考するタイプなのか、必要以上に話さない。
そして、中学生になっても彼は、行ってはいけないと言わ
れている“沖”によく出向く。今度は“沖”にある教会に
興味を抱き、通い始める。シュウジにとっては“浜”より
“沖”の人たちといるほうが心休まるのだろう。
このころから、“沖”には一大リゾートの開発計画が持ち
上がり、怪しげな男が出入りし始める。教会にも立ち退き
の地上げ屋が現れる。
時を同じくして、勉強のできるシュウイチ(柄本佑)がカン
ニングで停学処分を受けたことをきっかけに、シュウイチ
は壊れ始め、この頃から、家族の中もおかしくなっていく。
家族の不穏な雰囲気は、晩ごはんになっても4人一緒に食
卓を囲まずに一人で食べる父(菅田俊)の姿やいつまでも完
成されない父のジグゾーパズルに現れていた。
シュウジのジョギング姿も、このただならぬ雰囲気が出始
めてからやけに多くなってくる。たぶん感受性の強いシュ
ウジには感じていたのではないか。その気持ちを押し静め
るために、彼はひたすら走っているのだろう。
シュウジには、親友や家族においてもどこか近づけない・
近づかない距離を感じる。
自分から行動しないタイプでもあるシュウジは、惹かれて
いるエリにもうまく自分の言葉を伝えられないまま、彼女
も東京へ転向してしまう。学校が終わって、ジョギングで
二人偶然出くわすシーンがある。あの時の、二人のもどか
しいまでも離れての会話。友達だけど、今ひとつ通い合っ
てない心情が表れているようだ。
両親の失踪や兄の犯行を止められなかったふがいない自分
への苛立ちを人一倍感じていたのだろう。一人で家で荒れ
狂う姿に、くっきりと出ていた。
そんなシュウジも、あることがきっかけで自分の気持ちを
受け止めてくれるアカネに会おうと行動し、二人は体を重
ねることに。“性”によって“生”に目覚めたシュウジ。
この後、彼は今まで抑えていたものが解き放たれがごとく
生き生きする。今まで眠っていたトラが走るがごとく。そ
して、好きだったユリに会いに東京へ行くことに。
「誰か一緒に生きて下さい」
まさに、この言葉のごとく始めて生きたいと思ったのだろう。
しかし“人生はドラマのようにうまくいかない”という先日
観た映画のようなあまりにも壮絶な運命だった。
P.S.
パンフレットをじっくり見ていると珍しく監督や出演者の生
年月日が記されているのを発見した。年齢がわかると観客の
受けによくないのか、最近のパンフはそこまで明記されてい
ることなんてまれである。なのになぜ書いてあるのか。
手越祐也11月11日生まれ
韓英恵 11月7日生まれ
SABU 11月18日生まれ
ちなみに、他の共演者では
寺島進 11月12日生まれ
加瀬亮 11月9日生まれ
なんと、11月生まれの出演者やスタッフ多いこと。こうい
うのを知ると、関係者は運命みたいなもの感じてしまうの
だろう。そういや神父(豊川悦司)さんが言っていた。「運
命は双六盤です」って。アロハ坊主も誕生日が11月11日。
ほんとに運命感じるなあ。実は、もっとよく読むとこの映
画のクランクインも11月11日だったのだ。やっぱり、関係
者は運命を感じたんだ。と僕はちょっとにんまりする。
は家族と暮らしていた。幼い頃、人々が近寄らない“沖”
と呼ばれる場所に一人で自転車で行き、そのとき自転車が
故障して途方に暮れていたシュウジを“沖”に住む鬼ケン
(寺島進)とその愛人アカネ(中谷美紀)が助けてくれる。
“浜”の人々が疎む“沖”。そこに住む「鬼ケン」のやさし
い一面に触れたシュウジだったが、数日後「鬼ケン」が変死
を遂げたことを知り、幼いシュウジはひとり泣いた。
怖い鬼ケンを前にしても、必要以上の言葉や悲鳴を発しな
いし、泣きもしないシュウジ。鬼ケンに「肝っ玉すわってる
な」とまで言われる。
熟考するタイプなのか、必要以上に話さない。
そして、中学生になっても彼は、行ってはいけないと言わ
れている“沖”によく出向く。今度は“沖”にある教会に
興味を抱き、通い始める。シュウジにとっては“浜”より
“沖”の人たちといるほうが心休まるのだろう。
このころから、“沖”には一大リゾートの開発計画が持ち
上がり、怪しげな男が出入りし始める。教会にも立ち退き
の地上げ屋が現れる。
時を同じくして、勉強のできるシュウイチ(柄本佑)がカン
ニングで停学処分を受けたことをきっかけに、シュウイチ
は壊れ始め、この頃から、家族の中もおかしくなっていく。
家族の不穏な雰囲気は、晩ごはんになっても4人一緒に食
卓を囲まずに一人で食べる父(菅田俊)の姿やいつまでも完
成されない父のジグゾーパズルに現れていた。
シュウジのジョギング姿も、このただならぬ雰囲気が出始
めてからやけに多くなってくる。たぶん感受性の強いシュ
ウジには感じていたのではないか。その気持ちを押し静め
るために、彼はひたすら走っているのだろう。
シュウジには、親友や家族においてもどこか近づけない・
近づかない距離を感じる。
自分から行動しないタイプでもあるシュウジは、惹かれて
いるエリにもうまく自分の言葉を伝えられないまま、彼女
も東京へ転向してしまう。学校が終わって、ジョギングで
二人偶然出くわすシーンがある。あの時の、二人のもどか
しいまでも離れての会話。友達だけど、今ひとつ通い合っ
てない心情が表れているようだ。
両親の失踪や兄の犯行を止められなかったふがいない自分
への苛立ちを人一倍感じていたのだろう。一人で家で荒れ
狂う姿に、くっきりと出ていた。
そんなシュウジも、あることがきっかけで自分の気持ちを
受け止めてくれるアカネに会おうと行動し、二人は体を重
ねることに。“性”によって“生”に目覚めたシュウジ。
この後、彼は今まで抑えていたものが解き放たれがごとく
生き生きする。今まで眠っていたトラが走るがごとく。そ
して、好きだったユリに会いに東京へ行くことに。
「誰か一緒に生きて下さい」
まさに、この言葉のごとく始めて生きたいと思ったのだろう。
しかし“人生はドラマのようにうまくいかない”という先日
観た映画のようなあまりにも壮絶な運命だった。
P.S.
パンフレットをじっくり見ていると珍しく監督や出演者の生
年月日が記されているのを発見した。年齢がわかると観客の
受けによくないのか、最近のパンフはそこまで明記されてい
ることなんてまれである。なのになぜ書いてあるのか。
手越祐也11月11日生まれ
韓英恵 11月7日生まれ
SABU 11月18日生まれ
ちなみに、他の共演者では
寺島進 11月12日生まれ
加瀬亮 11月9日生まれ
なんと、11月生まれの出演者やスタッフ多いこと。こうい
うのを知ると、関係者は運命みたいなもの感じてしまうの
だろう。そういや神父(豊川悦司)さんが言っていた。「運
命は双六盤です」って。アロハ坊主も誕生日が11月11日。
ほんとに運命感じるなあ。実は、もっとよく読むとこの映
画のクランクインも11月11日だったのだ。やっぱり、関係
者は運命を感じたんだ。と僕はちょっとにんまりする。
